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最高裁判所第一小法廷 平成10年(行ツ)26号 判決 1998年4月09日

東京都中央区築地七丁目四番八号

上告人

小川とよ

同所

上告人

小川多七

横浜市神奈川区神大寺四丁目八番三二号

上告人

小林公子

千葉市花見川区浪速町九五一番地の二

上告人

小川貴正

右四名訴訟代理人弁護士

細谷義徳

仲谷栄一郎

番場弘文

東京都中央区新富二丁目六番一号

被上告人

京橋税務署長 上田勝廣

横浜市港区大豆戸町五二八番地の五

被上告人

神奈川税務署長 佐伯龍夫

千葉市花見川区武石町一丁目五二〇番地

被上告人

千葉西税務署長 相葉博孝

右三名指定代理人

大竹聖一

右当事者間の東京高等裁判所平成九年(行コ)第一二号過少申告加算税の賦課処分等取消請求事件について、同裁判所が平成九年八月二七日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人細谷義徳、同仲谷栄一郎、同番場弘文の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき又は原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大出峻郎 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成一〇年(行ツ)第二六号 上告人 小川とよ 外三名)

上告代理人細谷義徳、同仲谷栄一郎、同番場弘文の上告理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな理由不備・審理不尽および法令の違背がある。

一 国税通則法第六五条第五項・同法第六拾六条第三項の適用ないし類推適用

原判決は、上告人小川多七、同小林公子および同小川貴正は「修正申告書」を提出していないから、その余の要件を判断するまでもなく、国税通則法第六五条第五項の適用は認められず、また上告人小川とよは「期限後申告書」を提出していないから、その余の要件を判断するまでもなく、同法第六六条第三項の適用は認められない、との第一審の判断を支持している。

しかし、以下の事実から、原判決は誤りであり、本件には国税通則法第六五条第五項(ないし第六六条第三項)が適用ないし類推適用されるべきである。

なお、第一審判決(およびそれを支持した原判決)は、同法第六五条第五項(ないし第六六条第三項)の適用につき、「修正申告書」(ないし「期限後申告書」の提出がないから、「・・・同項を適用する余地はないというべきである」としている(第一審判決四八ページおよび四九ページ)。しかし、同判決では「適用」がない点についての判断はしているが、「類推適用」の可否についての判断はしていない。この点で、原判決には理由不備・審理不尽の違法がある。

以下、記述の便宜上同法第六五条第五項についてのみ、原判決の法令の違背を主張するが、同様の主張が同法第六六条第三項の「期限後申告書」についてもあてはまる。

1 修正申告書の提出

(1) 国税通則法第六五条第五項は、「修正申告書の提出」を要件としている。たしかに本件では、形式的な意味での修正申告書こそ提出されていないが、実質的な意味では修正申告書と同視できる平成二年分の確定申告書が提出されている。右第五項が過少申告加算税を課さないと定める理由は、納税者自身が自発的な意思で不適法な申告を是正した場合には、過少申告加算税を課すのは酷であるからである。その趣旨からすれば、「形式的な」意味での修正申告書は提出されていなくても、それに代わるものとして平成二年分の確定申告書が提出されていれば足りるとすべきである。

(2) 上告人らが平成元年分の所得について修正申告書を任意に提出することはまったく期待できず、不可能を強いるものである。すなわち、上告人らは、当初から本件譲渡所得については、平成二年分に属すると信じ、平成二年分として申告する意思を有し、かつ平成二年分としての納付を前提に納税資産の手当もしていた。また、後述のとおり、上告人らは、本件税務調査時にといて、訴外小川泰央を通じ、調査担当者に右の意思を伝え、指導を求めたが、調査担当者は何も回答しなかった。したがって、上告人らとしては(平成元年分の修正申告ではなく、)平成二年分の確定申告において本件譲渡所得を申告する他なかったのである。

なお、被上告人らは、本件税務調査の開始時において、本件譲渡所得が平成元年分に属するとの見解を明らかにしていた旨主張するが、これは事実に反する。実際には、平成三年五月まで税務調査は継続されており、被上告人らが上告人らに対し修正申告を指示したのは、平成三年六月頃になってからである。

このように、上告人らが被上告人らに対して本件譲渡所得を平成二年分の確定申告において申告することを告げたにもかかわらず、被上告人らから特段の指示のない状態では、上告人らに平成元年分の修正申告の提出を期待することは不可能であり、上告人らとしては平成二年分の確定申告において本件譲渡所得を申告することが、善良な納税者としてでき得る限りの最善の策であった。たしかに、申告をするにあたっての所得の帰属年分の判断の責任は、建前上は納税者にあるが、本件のように、納税者自身が判断に迷い、課税庁に対し指導を求めた場合、それに対し適切に応答するのが課税庁側の義務であり、それを怠ったために生じた結果につき納税者に責任を問うのはきわめて不合理である。以上のとおり、本件譲渡所得を申告した平成二年分の確定申告書の提出は、国税通則法第六五条第五項の適用上「修正申告書の提出」があったものとすべきである。

(3) 単純な収入の計上漏れや経費の過大計上など、通常の過少申告の場合は、それを是正しない限り、税収は永久に失われてしまう。しかし、本件の場合は、所得の発生・数額自体の認識には誤りはなく、単に上告人らが帰属年分の判断を誤ったのみであり、(本税に関する限り、)税収という点からは中立的である。このような場合にまで、一五パーセントの過少申告加算税という重い制裁を加えることはきわめて不合理である。したがって、本件における事情のもとでは、平成二年分の確定申告書の提出は、右第五項にいう「修正申告書の提出」と同視すべきである。

(4) 以上の次第であるから、原審が、形式的に「修正申告書」の提出がないことをもって、直ちに本件に国税通則法第六五条第五項の適用が認められないと判断したのは、法令適用の違背である。

2 更正の予知

(1) 国税通則法第六五条第五項は、「その提出が、その申告に係る国税についての調査があったことにより当該国税について更正があるべきことを予知してなされたものでないとき」を要件としている。

右の「その申告に係る・・・もの」の解釈につき、裁判例はおおむね「具体的調査により当該所得金額または所得税額に脱漏があることを発見された後になされた申告」(旧所得税基本通達七〇三)との解釈に従うようである。すなわち、単に調査が開始されたばかりではなく、その結果脱漏が具体的に明白になり、納税者側において更正処分のなされることを予知した後には、右第五項の規定は適用されないことを意味する。

(2) 本件において、上告人らが平成二年分の確定申告書を提出した時点では、更正処分を受ける可能性はないと認識していた。その理由は以下のとおりである。

すなわち、上告人らは、平成二年一一月頃に税務調査を受けた際、調査担当者に対し、訴外小川泰央を通じ、本件資産の譲渡に関する資料を積極的に提出し、本件譲渡所得を平成二年分の譲渡所得として申告する予定であるとの意思表示を明確にし、調査担当者に対し、本件譲渡所得の帰属年度についての明確な見解を求めたところ、調査担当者は、平成二年一二月中に回答する旨確約した。

しかるに、調査担当者は、右の期限までに何らの回答もしなかったばかりか、平成二年分の所得税の確定申告書の提出期限である平成三年三月一五日に至っても何らの回答もしなかった。

そこで、上告人らは、調査担当者が本件譲渡所得の帰属年分を平成二年であると認めたものと判断して、当初の考えどおり、平成二年分の確定申告にといて、本件譲渡所得を申告したのである。

被上告人らが本件更正処分を行ったのは、上告人小川とよにつき平成五年三月一一日、同小川多七につき平成五年三月一一日、同小林公子につき平成四年一二月二五日、同小川貴正につき平成四年七月三一日である。被上告人らの同種の更正処分は、通常内部的に結論が出されてから一ケ月ないし二ケ月後に行われていると推測される。したがって、被上告人らにおいても、本件譲渡所得が平成元年分に属することを明白に認識したのは、早くとも平成四年五月ころであったと思われる。

なお、上告人小川とよおよび同小川多七に対し、更正処分通知が送達(交付送達)されたのは平成五年三月一二日であり、平成元年分の更正処分についての期限満了(平成五年三月一五日)の直前である。当時右上告人両名が送達を行った職員に事情を尋ねたところ、同職員は「時効を中断するためにとりあえず更正する」と答えた。このように、被上告人京橋税務署長の行った更正処分は、根拠が薄弱なままなされたものである疑いが濃厚である。

右のような事実関係からみて、上告人らが右平成三年三月一五日の時点で、平成元年分の確定申告について更正処分を受けることを予知していたとはとうてい考えられない。

二 理由の差し替え

原判決は、被上告人らが、更正処分の時点では上告人らの本件譲渡資産の買主を訴外協進商事有限会社であると主張していたにもかかわらず、本件訴訟にいたって、買主を訴外小川泰央であるとして、その主張を変更したのは、違法な理由の差し替えにはあたらない、との第一審の判断を指示している。

しかし、以下のとおり、原判決は誤りであり、本件の被上告人らの主張の変更は違法な理由の差し替えに該当する。

第一に、第一審判決(およびその文言を修正し支持した原判決)は、被上告人らの右主張の変更は、「『正当な理由』の有無等を判断する事情としての譲渡所得の発生原因に関するものにすぎず、処分理由の差替えと理解すべきものではない」としている(第一審判決三七ページ)。

しかし、過少申告加算税の賦課は適法な更正処分の存在を前提とするところ、被上告人らは本件更正処分の適法性を基礎づける理由を処分時と本件訴訟時とで変更しており、それはいわゆる処分理由の差し替えの問題である。

第二に、法律は、青色申告に対する更正処分に理由を附記することを要求し、またその他の処分に対する意義申立を棄却する場合は、意義決定書に原処分を正当とする理由を附記することを要求している。それは、第一に手続的保障の見地から課税庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制し、第二に納税者の不服申立に便宜を与えるためである。しかし、理由の差し替えを認めると、結果的には右のような理由の附記を要求する趣旨がまったく無意味となってしまう。白色申告については右法律上の要求はないが、その趣旨は同様にあてはまるものである。

第三に、たしかに理由の差し替えを認めたかのごとく見える最高裁判決は存在するが、それらは、基本的な課税要件事実の同一性が認められる範囲内で、しかも同一の課税標準を前提にした事例である。これに対し、本件における理由の差し替えは、右のような裁判例が認めた事案とは異なり、到底認められるものではない。

すなわち、被上告人らは、更正処分の時点では、上告人らから協進商事に対する売却という一個の売却という事実認定を行っていたのに対し、本訴において、新たに被上告人らを含む共同相続人から訴外小川泰央、そして訴外小川泰央から協進商事という二個の売却に事実認定を変更した。これは、基礎となる事実の同一性を逸脱した変更である。ちなみに、その結果、本件では、訴外小川泰央については、課税標準までも分離長期譲渡所得から分離短期譲渡所得(一部につき分離長期譲渡所得のまま)に変更した。課税標準というのは、課税所得の性質などの違いにより課税関係を変えるために、課税所得を区分するものであるから、それを異にする場合は、もはや処分の同一性はないものと考えられる。

以上

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